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「イオンシネマ」は現在活躍中の著名な映画人に毎回、映画にかける思いなどをうかがっています。まず『深夜食堂』のマスターは人気ですが、どういう想いで演じていますか?
よく聞かれますけど、想いとかはないんですよ(笑)。別に手を抜いているわけじゃないけれど、言ってみればしゃしゃりでないようにはしています。その代わりガラス越しに反射で映っているとかはあって、作務衣のブルーがちょっと映り込み、後ろで働いている風情が出ていることはある。必ず向こう側を向いてはいますが、僕はけっこう映り込んでいるんですよ。人がいないとおかしいって言われると、わざわざ調理場で動いていることもよくありますね(笑)。
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確かにマスターの気配を感じることがあります。逆に不在を感じたことはないというか。
僕自身がどうのこうのではなくて、路地を入った先の店とマスターが一体化していると思っているので、マスターの気配があれば不在な感じがしないじゃないですか。だから、最後の最後に「あいよ」ってポッと出てくるだけで、ずっといたことになる。その効果はあると思いますね。ゲストにドラマがあって、マスターにドラマがあるわけじゃないので、そういう意味では店と一体化すれば不在にならず、そこも含めてマスターなのかなというか。マスターのキャラばかりが立ってしまうと、観ている人もすぐ興味なくなってしまう気がしますね。
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マスターの一歩引いた感が、「深夜食堂」シリーズの人気の秘訣のような気もしますよね。
僕は最初の頃、マスターは気配を消すバーテンダーと同じと言っていたけれど、たとえばわけありカップルがしゃべっている目の前に立っていても気配を消して、注文された時だけスッとカクテルを出す、みたいな。上手い具合に存在感をスッと消せることを、違和感を与えないようにしていたつもりです。
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ところで映画の話に移ります。強烈に感動したような最初の映画体験は何歳頃ですか?
僕は、そこまでの映画少年ではなかったので、昔の『楢山節考』(58)とか木下惠介監督の『喜びも悲しみも幾歳月』(57)とか観た記憶が残っていますが、断片的でね。嵐の中を灯台守っていたなとか、『楢山節考』(58)は、おばあちゃんが怖かった印象しかなくて(笑)。むしろ、子どもの頃は観ていて意味を理解できなかった作品もあったので、俳優になってから映画を観まくりました。だから、強烈に感動した映画体験はないかもしれないですね。
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また、最近の「イオンシネマ」のような、シネコンに映画を観に行くことはありますか?
ありますよ。僕は、ここって決めず、その時の状況で便利な場所を選択して行きますね。人に勧められて映画を観に行くことも多いです。僕はビデオやレーザーディスクが流行った時代を経たので、小津安二郎監督の作品など、一気に観た時期もありましたが、また映画館で観れば、また味わいや感動も違いそうですね。
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ご自身にとって、映画の中の“ヒーロー”は誰ですか? もしくはあこがれる俳優とか?
脇じゃないけれど、ちょっと変わった俳優が好きですかね。たとえば『スモーク』(95)のハーヴェイ・カイテルがいい。『ディア・ハンター』(78)のクリストファー・ウォーケンとか、ナイーブな役柄。そういう人を見つけては、楽しみで観ていますかね。自分の中で好みが合う人って、けっこういますよねえ。カッコよすぎると、それはそれで楽しいけれど、そこに心惹かれることはないですからね。
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さて、待望の『深夜食堂』ですが、映画を待っているファンにどうアドバイスしますか?
難しいんですよねぇ(笑)。こちら側から、こういう風に楽しんでくださいなど、大きなお世話だしね。作り手の事情を言ったとしても、それを誤解して観ていただくものが映画だと思うので、本当に好きに観てほしいですね。これは男女関係ない。ただ、こういう架空の路地を曲がって、そこでやっている「めしや」だけど、お客さんの一人になって訪ねてみませんか? という気持ちはあります。映画館に足を運ぶとお客さんは、妄想を抱けると思う。
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なるほど。『深夜食堂』を観に行くお客さんは、「めしや」に行く客の気分に浸れますね。
そう。あなただったら何を注文しますか? 今日はどれだけお酒を飲んで帰りますか? みたいな。ふらっと寄りたくなりませんか? みたいなことです。映画の世界に立ち入った気分で、映画を観ていただきたいなということかな。あまりこういう風に観てほしい、というのはないですね。
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映画版の『深夜食堂』も感動でした。多くの“常連客”が自分と重ね合わせるはずです。
そうですね。“店”に入ったらそれなりのストーリーがあって、本当にいいと思いますよ(笑)。テレビのシリーズでは若い男女の恋愛話があったので、一方的な恋愛もしたことがあったなとか、若い頃には心当たりがあるなとか回想したりね。ああ、病気したことがあったなとか、今回もいろいろなことがスクリーンの中にある、起こる。だから、客として入って気分に浸るということもあるし、引いて想いをめぐらすこともありだと思うので一度、足をお運びいただければと思います。